歌舞伎の発展 - Kabuki Development

歌舞伎の発展

出雲阿国が歌舞伎を始めて以来、その目新しさと大胆さ、女優や男優の型破りな動きでまたたくまに歌舞伎の人気は高まり、ほかの多くの芸人集団も、阿国のアイデアを模倣しました。芸人集団の多くは、なんらかの団体の援助を受け、彼らの芸は、公家や上流階級の人々の前で披露されました。

芸人集団の中には、観客の中の富裕で権力を持つ者に対して特別な便宜を図り、歌舞伎の名を汚す者も現れるようになりました。そこで徳川幕府は、人々の風紀を乱すとして、1629年、女性が歌舞伎を演じることを禁じます。しかし、風紀の乱れは、幕府が期待したほどの改善を見せませんでした。阿国は引退して故郷の大社に戻りました。

現在でも、歌舞伎を演じているのは、男性だけです。 実際、こうなった原因は、お金のことしか頭にない一部の人たちにあったのです。歌舞伎の一座の多くは、寺院や神社によって管理されており、管理者たちは座員たちの行動に注意を払っていたはずです。一握りの人たちの行動により、大勢の人が多大な迷惑を被るのは、よくあることです。皆さんもきっと似たような経験を数多くお持ちでしょう。

阿国自身についての記録は、散逸し混乱しています。しかし、お墓が島根県大社町にあることはわかっています。阿国は、名古屋山三郎という侍と恋仲だったといわれています。だれにも愛は必要です。彼女が幸福な人生を送ったことを願います。阿国は、あの時代の人々が求めていた娯楽を提供した、たいへん活動的な若い女性でした。阿国の物語を映画にすれば、きっとすばらしい作品になることでしょう。彼女は波乱に満ちた人生を送ったのです。