牛突き - Bull Fights

牛突き

今回の話は、日本の人々が自然のすばらしさと生活の中の出来事をどれだけ大切にしているかを示すものです。そしてそれこそ、私にとって日本を生命力にあふれる神秘的な国にしているのです。

隠岐の牛突きとその人気、また後鳥羽天皇について少し調べてみることにしました。私は、以前隠岐の牛突きを見ましたが、それは、牛がほかの動物や人間と戦う外国で見られる闘牛とはまったく異なるものでした。日本の闘牛は、牛と牛との戦いなのです。一方が戦うのをやめたり逃げたりすると戦いは終わります。勝った牛には、相撲のように横綱の称号が与えられます。

私が見たときは、牛の持ち主が双方の牛の角を突き合わせ、気合いをかけていました。戦いは、1分から、もっと長くなることもあります。牛の勇敢さしだいです。負けた牛は肉にされるそうです。さぞかし固い肉に違いありません。

牛は当初、食用ではなく労役に使われていました。牛たちは、務めを終えると目の届かない遠い牧草地に放たれました。群れに新しい雄牛が加わると、ボスの座をかけて決闘が始まり、ときとして他の牛がけがをすることもありました。雄牛は、牛の群れを野犬やオオカミから守るために必要とされました。

物語によると、隠岐の牛突きの始まりはこうした決闘にあるようです。農民たちは、囲いを作りその中で雄牛同士を決闘させました。ボス牛が決まると決闘は収まりましたが、人々にとってこの決闘は楽しみでした。 この習慣が、人々をたいへん興奮させる現在の牛突きにつながったのです。法律では禁止されていますが、かけの対象になることも多いようです。

牛突きの牛はとても大きく、おそらく1トンを優に超えているでしょう。牛の維持にも牛突きの準備にも、大金が必要とされるに違いありません。

牛たちは、勇敢な戦士にふさわしく、美しい織物の布やきれいな装飾品で飾られます。ぜひ、ご覧になってください。