故郷の味 - The Taste of Home

故郷の味

「ふるさととは、心が宿る所」といわれます。また、「男の心をとらえるには胃袋から」ともいいます。私は、「ふるさと」を抽象的に表現した言葉が好きです。ふるさととは、心からぬくもりを感じることができ、優しく迎えてくれ、友人たちとの楽しい生活があり、満ち足りて、離れたくないと思う場所です。私にとって、それは松江です。

そんなことを考えたのは、私のお気にいりのそば屋、八雲庵で割子そばを食べていたときでした。長い付き合いになる八雲庵のご主人が、私を友人として歓迎し、抹茶を立ててもてなしてくれました。とてもおいしいお茶でした。このとき、私は出雲そばと抹茶こそ、自分にとって「ふるさとの味」だと感じたのです。以前の私は、「家庭とは自分の家」と思っているような人間でした。しかしその後、私が「東洋のベニス」と呼んでいるこの小さな街、松江に出会ったのです。

私は、前世でもここに住んでいたのではないかとさえ感じています。もう少し思いを巡らせてみると、この美しい街を私の理想の場所にしている多くのものに気付きます。すばらしい友人たち、歴史と重みを感じさせる松江城、昔のままの姿を残す塩見縄手、親切で気さくな店主が迎えてくれる小さな店での買い物、飾らない笑顔がある喫茶店、春の水田、夏の水田、収穫を終えた秋の水田と稲はでにかかった稲、季節を問わず冬でも目にすることのできる美しい花々、愛すべき生徒たち(成績の良い生徒も悪い生徒も)、冗談を聞いたときの心からの笑い、暖かく心休まる家、これまで集めてきた骨董品の数々、最愛の妻と子供たち、人の力になれることの喜び、宍道湖七珍、山陰中央新報で毎週エッセイを書ける楽しみ、山陰地方についての研究。

松江ほど私の心を満たしてくれる場所は、世界のどこにもありません。私はこの地域に溶け込んでおり、松江の人々とは本当に気が合います。ただ残念なのは、もっと早く松江に出会わなかったことです。